2018年4月23日月曜日

鉄の原点 時刻表

時刻表を見るようになった切っ掛けは?
この列車

学校から帰ってきてから遊んでいた夕方
いつも同じ時間に,同じ色の列車が走っていたのが気になった。
小学校2,3年の頃だったろうか?
当時の中央線はオレンジの101系と時々スカ色の70系
そして急行のキハ56か58が走っていた。

クリームと赤色だからキハ58の2両編成の列車が
国立駅から立川駅の方向にいつも同じ時間に走っていく。

父の時刻表で調べてみたらどうもこれらしい。
その時使った時刻表は,ポケットサイズのもので
残念ながら知らないうちに行方不明になってしまった。

準急 奥利根 新宿1420発八王子・八高線経由・水上1754着
キハ58による2両編成 と記憶している

確かに 八王子1504発で八高線を走り高崎1848着

高崎1851からは上越線で水上1734終着です。

水上に到着すると直ぐに折り返します。
水上発1833 高崎着1945



水上を11分前に発車した越後の上野着2102 なのに
八高線経由の奥利根は
高崎発1948 八高線経由 八王子着2138 新宿着2224 
と 新宿ではありますが到着は1時間20分後です。





















目撃した列車は 時刻表という本に詳しいことが載っていた。
これが 私の鉄の原点
なんと 単純で明快なことでしょう。


ただし この列車
なんで八高線経由で水上行?
とその時からの疑問はいまだに解けていません。

2018年4月22日日曜日

鉄の原点

いろいろな所に首を突っ込む割には入り口止まり
深く突っ込むどころか,
入り口付近をウロウロしていることが多い "興味ある世界"

たくさんある興味ある世界の中でも
長い間興味を維持し続ける 鉄 でも同様で
さすがに入り口ではないけれど
深く追及することはまあちょっと苦手かな と

模型やったり
写真撮ったり
車両に興味を示したり
レールはとても好きだし
乗り鉄も昔はしたし
駅弁・駅蕎麦もよく食べた

いつから鉄人?

それはこれから
1961年(昭和36年)10月 時刻表
これは 私の原点
そして 今は宝物
父が買ったのを最終的には横取りしました。 

東京周辺は武蔵野線,京葉線が増えているがその他は大きな変化はない地図

下り 東海道本線 東京-豊橋間 その1 のページ
ご存知 こだま・つばめに使用されていた151系が
12両編成6本からモロが一両減車された
クロモロモロサロサシモハシモハサハモハモハクハ の
展望車1両 一等車3両 食堂車1.5両 二等車5.5両の
豪華11両編成11本に大増備された 東海道本線の最初のページですね。

そしてこちらがキハ58の急行ばかりの
我が地元 中央本線のページ
 紙はすでに茶色く変色
ちょっと力を入れればバラバラになってしましそうな状態なんです。
そうですよね57年前の骨とう品ですからね。

東海道本線の列車編成のページです。
この当時は急行電車も
クハモハモハサハシサロサロサハシモハモハモハモハクハ と
ビュッフェ2両 一等車2両の豪華12両編成 

中央本線の列車編成はキハばかりキロは一両のみと,現代並みにかなり貧弱

とベラベラと書いても
60代以上の方々には当たり前の知識で こんなの常識 の範疇なんですよね。

お宝時刻表には 1963年6月号 小型の時刻表
 とか

1964年10月 東海道新幹線開通の時刻表
 惨めにも だんごっぱなの先頭車が並んだ表紙は行方不明

あと1966年12月も宝物なんだけど
これはちょっと前に紹介済みなんで今日は 記念写真だけに参加

こんな風にカバーを付けて保管しているのだけど
本の劣化はどんどん進んで スキャナーに乗せてガラス面に押し付けたりしたら
バラバラ殺人事件になってしましそうな状態なんですね。 

体の劣化と同じだねと 変な所に納得しまった。

話を元に戻すと この時刻表の何が原点なのか? 
を説明しようと古い時刻表引っ張り出して来たのに
東海道と中央線の話でけで,もうだいぶ書いてしまったので
本題は また今度ということで。


ところで
1961年10月時刻表を 丁寧にやさしく一枚一枚めくっていたら
こんなもんがはさんであった。

GET YOUR BETTER                C
LIFE OUR COーOP.           CHUO  UNIV
                                      CO-OP.(41)
って書いてある。 レシートを”しおり”代わりに使っていたのかな?

何買ったんだろう? 73年4月で990円と当時の奨学金5000円/月と比較すると
結構高額だし,4月なんで教科書でも買ったのだろうか?


2018年4月21日土曜日

やっと タイヤ交換しました

気温が25℃を越えるような今頃,やっと冬タイヤから夏タイヤへと交換をした。
とはいっても先週は福島へ行ったら雪に遭遇
まあ湿った春の雪で,積雪量も1~2センチ程度なんで
夏タイヤでも問題はないレベルだったけど
これは結果論,用心に越したことは無い。

安全については,スピードやルートなどは状況に応じて自分がコントロールできるが
タイヤは自分でのコントロールがかなり難しいからね。

まあ遅くなった言い訳はさておいて
本当は年々このようなルーチン作業が面倒くさくなってきているのが本音
かな

タイヤ交換の手順は,皆さんがやられるの同じ
しいて言うならばすべてが手作業,インパクトレンチなどはないからね

交換タイヤの対角位置に車止めを設置

交換は あっ! という間に 完了

でも やるコトはやっていますよ。 
タイヤを外した時は,足回りにオイル漏れな度がないか一応確認

以前ブーツが割れ居たことがあったからね

ブレーキディスクパットの残り厚さも確認
ワインディングロードを70km/hで走行,
ブレーキングそして加速の割には
走行系部品へのダメージは少ないほう だと思いますよ。
E/Gは通常走行の加速では1500rpmまでしか回しません。 
巡行走行でも2000pmです。 
追い越すときはLimmitまだ回しますけどもね。
でも タイヤを泣かせるなんて絶対にしませんから。



 後輪はドラムブレーキで,かつFFで駆動系もないのでシンプル

構造もバネとダンパー,ブレーキの配管があるのみ。
 リジットとか セミトレーディングアームとか こだわったのは若いころのお話



このタイヤは冬3シーズン13,800km走行したタイヤ溝
残り溝深さ 5mmから6mmなんで
残り6mmのタイヤを来期は 
前輪に装着すると来年の4月には残り溝深さ4.5mm位になるはず
5mmのタイヤは後輪装着し来年の4月には同じく4.5mmとなるはず
スタットレスタイヤが冬タイヤとして有効な残り溝は新品の1/2
新品の時は9mmだったので来年の4月に ピッタリ冬寿命 に到達の予定です。

でもこの冬タイヤ それで廃棄物には まだならないのです。
この後,夏タイヤとして働いてもらいます。
夏タイヤの限界は残り溝1.6mmなんで あと3mm使えます。
このタイヤは14,000km走行で3mm減っていますので
最近の夏場走行キロは4月から11月までで10,000キロくらいなので
来年4月から夏シーズンに使用して,そのあと1年半15,000km走行ぐらいには使えるかな

今夏シーズンとして使っているタイヤは2010年12月の30,000円/4本で購入の これ
今年の11月に引退予定です。 
実に8年間の活躍で最高のコストパフォーマンスでした。


来季の冬を最後に 冬仕事は引退・夏仕事に専念予定のこれ
ブリジストン ブリザック VRX 一応高級品ですが
雪道性能も耐摩耗性も 今一つの感じです。
ブリザック 値段ばかり高くて性能は???
もう買いません。 
どこが×? そのうちまとめるかもね。

来年の12月には新人冬タイヤ君が参加予定です。
誰が来るんでしょうね。 かわいい子が良いなと今から楽しみです。

と長話の間にタイヤ交換は終了しました。

長話のネタは これ
春と冬 毎回繰り返されるたびに記録される 
残り溝深さの測定と 来季の働き場所の選定会議議事録
この議事録も細かく説明しようかと思って 
番号だとか矢印とか書いたけど やめます。
今までだってくどい話なのに 益々・・・・・



さてついでに久しぶりにボンネットを開けて点検です。

エンジンオイル 
量はOK 色はちょっと汚れているけれど私としては許容範囲
最近のエンジンはオイルが汚れません,量も減りません。
昔の車は5,000km走ったら真っ黒,粘性もベットリ 今はさらさらのまんまです。
量も良く減りました。4Liter缶が常に常備されていましたからね。 

冷却水もOK

フィルターは変わりません。 
排気ガス汚れでしょうか? 黒く粘つくものが付着しています。 

最後にタイヤ空気圧チェックです。





4本で 180~200mpsでしたから次の給油の時にでも調整ですね。

久しぶりの 車整備遊び
最近は自分でできることが減って車整備遊び少なくなりました。
昔はキャブレターの掃除とか
SUツインキャブの清掃,バランス調整など 楽しかったけれど
今はエンジンのコントロールはすべてコンピューター
すでにこの車もエンジン制御系は電気自動車ですから。

遊びがだんだん減っていく・・・
新しい遊び探さなくっちゃ


2018年4月20日金曜日

只見・磐西 付録

冬から目を覚ましたばかりの福島の線路脇では
桜はまだ咲いていなかった。

でも雪解けとともに春を告げる花々は
只見の山の中の,あちらこちらで姿を見せてくれました。

イチゲの仲間ではあると思うが,さあその中の誰なのだろうか。
葉の縁が細かく裂けているので「キクサキイチゲ」だろうか。

こちらは,葉の縁が細かく裂けていないので「アズマイチゲ」かな?

葉の形がすぐ上の花と似ているから「アズマイチゲ」かな?
しかし残念ながら,どれも確信は持てないのが,情けない。
イチゲはイチリンソウに似ていますが
イチリンソウは花弁が5枚なのでこちらは区別がつきますね。

カタクリ
神奈川近辺で見かける花よりも紫が濃いような気がする。





ショウジョウバカマ
高原で見かけることが多いが
分布範囲が広く標高の低い湿地でも見かけることがあるそうです。
ショウジョウバカマの花の色は,
もっと濃いピンク,オレンジっぽもの,白いものなど微妙に違うが
育つ環境とか,個体の特性とか,言われているそうです。

宮川ダムの右岸の斜面に咲くフキノトウ
フキノトウというよりすでに15cm程に育った フキの花

こちらは磐越西線 山都-荻野間の線路際
開いてるのも多いいが,まだ開いていない物も結構あり
しっかり収穫させていただきました。
中井精也さんだと フキノトウをモチーフにした写真に仕上げるのでしょうか?

付近も線路際にはカタクリも群生しています。
今年は少し時期が早いらしくまだらの開花です。

2年前,2016年4月 この場所では 左隅の線路わきにカタクリが咲いていました。


採取したフキノトウ
開き気味のモノは フキ味噌に

ついでにベランダの山椒も 山椒味噌に

開いていないものは 天ぷらに

お腹いっぱい食べました。
フキ味噌は当分楽しめますね。

2018年4月19日木曜日

磐越西線で遊ぶ 5

喜多方ラーメンを食べて,喜多方から五泉方面に戻る最後のミッションです。
いつもそうなんですが,
我々は架線が張ってある喜多方から会津若松方面にはめったに行きません。

15時過ぎまで列車は無いので,のんびり走行です。
途中,道路改良工事で大きく変貌した慶徳俯瞰地点を確認を兼ねて覗いてみたら
仲間からここにしよう と声が出ました。 

午後イチ ここに決定です。
陽ざしも出てきました。

15:47 234D キハ110×3両 

慶徳トンネルを出た列車は,喜多方に向かって坂を下ります。

遠くに見える濁川を渡ると喜多方駅はもうすぐ。

太陽は残念ながら雲に隠されまたもや近ごろの定番,曇り空

遥か遠くから喜多方駅出発の汽笛が聞こえてきました。
15:59 8233レ SLばんえつ物語 C57180+12系PC

列車は左へカーブしながら築堤を登ります


慶徳トンネルへの登り坂

後ろの山は残念ながら雲の中


 列車は右の曲がりながら林間に消え,その後慶徳トンネルをくぐって山都へと進みます。

機材をかたずけ追っかけ

それなりに元気よく走って およそ10分の余裕で ここに到着。

汽笛が聞こえてきます。 
煙が上がりました。 
機関車が見えました。
17:08 日出谷-鹿瀬間 当間橋梁







 昨日の反対向きでこのくらい山が見えていればね。

と最後の撮影場所,三川駅です。 また雨降っています。
17:46 三川駅発車

昨日と同様,ドレインサービスやりすぎで
一時は機関車前面も見えなくなる状態, 
しばらくまって機関車が見えた時には煙,ドレインとも拡散が始め待って,
ちょっと迫力不足となってしまいました。

加速で煙も本来の勢いが出てきました。



これにて今回のミッション すべて終了です。
この時期は煙は確かにいいです。やややりすぎの感もありますがね。
しかし周囲はまだ冬,でも雪は無しなんでやや茶色の世界ではあります。
煙をとるか,風景をとるか,それが問題だ。
永遠の課題ですね。

後は,安全運転で帰るのみ, お疲れさまでした。
では また